かつて私がアトリエを構えていた横浜市中区長者町にある、長者町アートプラネット(通称CHAP)の2Fを多目的スペースとして運営していた頃、そこで地域の方も参加できる「ゆるゆるストレッチ会」を開催していたダンサーの髙須賀千江子さんが、カイロプラクティックの資格を取得し、その体験会をしたいということで連絡をくださいました。
彼女は横浜市出身で、現在は出雲の国へ嫁ぎ、生活の基盤はそちらになっています。
Facebookでつながっているので、彼女の近況はなんとなく伝わっていましたが、なぜカイロプラクティックの道へ方向転換したのかはわかりませんでした。
とにかく、思い立ったらまっしぐらなイメージがあったのと、相変わらずダンサーは続けているようなので、またいろいろなことに興味をもって始められたのかなあ。と思っていました。
私のアトリエは特に貸しスペースとして使うことは考えていませんでしたが、私のクリエイティブシティ横浜でのキャリアの中に貸しスペースの運営があり、特にパフォーミングアーツの方々は稽古場所や発表場所を探していてご利用していただくことが多かったので、いろんな人から場所に関するお問い合わせがいまだにあります。
特に、最近、私が長年携わってきた横浜市中区黄金町のアーティストインレジデンスの取り組みで、ディレクターが代わり、なんとなく雰囲気が変わってしまったところがあり、以前だったらこれまで関わってきたアーティストやパフォーマーがディレクターの山野真悟さんにお問合せをすると、場所をすぐにコーディネートしてくれることがあったのですが、スタッフも入れ替わり、初期の頃に関わっていたアーティストが頼ってきたところで、「誰ですか?」となるし、最近、以前レジデンスしていたアーティストが短期で借りたいと申し出たところ、一般公募と同じタイミングで応募するように促されていたのを近くで見て、ディレクターの采配でなんとかなる。という感じではなくなっているようでした。
黄金町はこれまで関わってきたアーティスト全ての活動の積み重ねで今があるのだから、なんとかならないものか、と思っていた矢先の髙須賀さんからの問い合わせでした。
久しぶりに会う髙須賀さんがどんな状況なのかわからないけれど、自分のアトリエだし、もし自分が出身地の八戸で数日何かプロジェクトがしたいときに、使わせてもらえる場所を知り合いに面倒を見てもらえるとすごく助かるだろうな。と思い、まだアトリエがしっちゃかめっちゃかなのですが、引き受けることにしました。
貸しスペースではなく自分のアトリエとして借りたので、髙須賀さんと一緒にやっているような形で進めることにしました。
地域の方や大家さん、黄金町のアーティストにも案内を出してみたところ、何人か来てくださいました。
体の不調を相談する場なので、なるべく私は自分の作業に集中をし、プライベートなことはきかないように勤めていましたが、なんとなく会話の端々がきこえてきました。
髙須賀さんの同僚やかつての仲間など、パフォーミングアーツの方も何人かいらっしゃいました。
なるほど。
髙須賀さんは自身がパフォーマンスをしていく過程の中で、自分の体の不調の改善に目を向けていく中、カイロプラクティックに出会い、その技術や知識を深め、仲間たちにも元気に生活やパフォーマンスを続けて行ってもらうため、それを自分の天職として取り入れ始めたんだな。ということがわかりました。
CHAPでストレッチ会をしていた頃のコンテンポラリーダンスを追求しつつも地域の方にも開いていた髙須賀さんと軸はずっとゆるいでないんだな。と、わかりました。
「楽しい、楽しい。」と施術しています。

パフォーマーはその人のパフォーマンスの形に合わせて、地域の方にはその方の仕事や生活スタイルに寄り添い、自分でもケアしていける方法をお伝えしながら施術していました。
私がよく知る方もいらっしゃいましたが、普段、みんな元気印に見えるのに、それぞれどこかに何かしらの不調や不安を抱えているんだな。とわかりました。
海外から黄金町に滞在しているアーティストも来ましたが、ダンサーだけでなく、絵をたくさん描き続けていてもどこかが痛くなることがあります。
みんな極限まで、いや、極限以上に、頑張るのです。
知らない土地で、不調があった時に、不安だっただろうな。と思いました。

普段、横浜にいない髙須賀さんにだから言えることもあるかもしれません。
私はふと、私が大学の学生寮に住んでいた時のことを思い出しました。
イスラム教の留学生が、学食でお肉を食べることができなくて、ずっと食事をしていなくて体を壊したことがあり、食堂のおばさんに、サラダにハムをのせずに、別に盛ってくれませんか。とお願いに行って、断られて悔し涙を号泣しました。
後に私は寮長になって、学生部長にその話をしました。
海外から学生をどんどんよんでくるのはいいけれど、宗教の違いや文化の違いによる生活面を整えることまで大学は気がまわっていないのではないか。と、話しました。
黄金町は今、常に60人程度のアーティストが滞在しており、ほとんどが海外からのアーティストです。
以前、日本ほど保険の制度が整っていない国の方が大怪我をしてしまって、地域の方でそのアーティストの作品を買ったり、寄付をしたりして、なんとか手術代を捻出したこともありました。
そのことがあってから保険のことは気を使っていると思いますが、そこまでも至らないちょっとした不安や不調を話せる場は必要だと思いました。
滞在制作をして作品を発表して帰るだけではなく、滞在中、困ったことがあっても言えないで抱えていることもあるのかもしれないと、今回の髙須賀さんの会を通して、痛感しました。
黄金町にもアーティストの保健室的なところが必要なのかもしれません。
ちょっと黄金町のコミュニティから離れた存在の方からアーティストからこんな悩みをきいたよ。と、伝えられ、対応することもしばしばあります。
逆に、組織の中に入っていないからできることがあるのかもしれません。
髙須賀さんから「どじょうすくいまんじゅう」をお土産でいただきました。(笑)



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